データを正しく読む力を身につけよう ~騙されないように~

「正社員と非正規の身分格差は日本政府による「大量虐殺」だ」という記事

cakes.mu

について。

この記事で筆者が言いたいのは

仕事がないこと、将来性がないこと、20代で「二級市民」という烙印を押されてしまうこと、挽回する「チャンス」さえ与えられないというのは、若い人に死を選ばせてしまうほど残酷なことである

ということであり、これ自体は私も異論はない。
しかし私は、氏のデータの読み解き方にどうしても同意できない
それについてこれから述べる。

【要旨】

若者は犠牲者... この論を立てるにあたり、筆者は3つのデータ(で根拠)を示す。
しかし少なくとも2つは、「若者(だけ)が他(中高年や、諸外国)より多く自殺している」ことを示しておらず、「若者はつらい、若者カワイソウ」の論拠とすべきデータになっていない。にもかかわらず、あたかも若者だけが犠牲になっているかのような記述をしているのが問題だ、と私は考える。
さらに始末の悪いのは、おそらく筆者は見落としでなく読者をミスリードすべく意図的に「そのようにデータを読み解いて見せ」ていることである。これは私の推測でしかないが、氏は職業・経歴柄、それこそこの手のデータ分析はお手の物の筈であり、私が以下に示す指摘を見落とすはずがないからである。ここを、私は「フェアでない」と感じるわけである。

【3つのデータに関する氏の解説と、私の反論】

データ1:年齢階級別の死因 

http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2014/pdf/honbun/pdf/1-1-1.pdf

氏の解説:「若い人は、自殺が死因の第一位を占める」

 

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 私の反論:
  「自殺が何位か」だけでいえば、確かに「若者は自殺が死因の1位」である。
  しかしこれは「若者の自殺が他の世代に比べて多い」ことの証明にはならない。
  下図は上の表から死亡率(人口10万人あたりの死亡者数)を抽出してグラフ化したものである。
  これを見ればわかるとおり、自殺(青いバー)の占める割合に関していえば「若者世代の自殺が突出して多い」などということはなく、「20歳から54歳までは大体同じような割合で自殺しており、歳をとっていくにしたがい自殺を大きく上回るだけの数で 病死が増えていく」だけのことである。
  なお、55歳以降の2世代については自殺が死因の4位以下になってしまったので、表中に数字が示されていない。自殺率は若い世代と同程度かもしれないし、多いかもしれない、また少ないかもしれない。表やグラフを見て、間違っても「自殺率が低い」と決め付けてはいけない。これを「わからない」と理解しておくことも重要

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データ2:15~34歳の世代における、各国の死因

http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2014/pdf/honbun/pdf/1-1-1.pdf

)

 

氏の解説:日本の若い人の自殺率は、アメリカの約2倍、イタリアの約4倍、イギリスの約3倍です。

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私の反論:
 この引用元の白書では、35歳以上の世代での外国との比較データが示されていない。調査年が異なるが、別のところ(

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/suicide04/index.html)からデータを引っ張って並べてみると、以下のようになる。

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ちょっとわかりにくいので、氏と同じ「よその何倍?」でまとめなおしてみると、以下のようになる。

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はい。年代に関わらず、アメリカの2.5倍、イタリアの4倍、イギリスの3倍です。イタリアにいたっては中高年のほうが「なんとイタリアの5倍!」と言ってもいいわけだ。
つまり「日本の若い人の自殺率はよそのXX倍!」のあとの「中高年も同じだけよそのXX倍!」を省くことで、印象の操作(「若者カワイソ」)をおこなっているのが問題。

 

データ3:20代自殺に占める「就職・進路」に関する原因による死者数

http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2013/html/gaiyou/feature03.html

氏の解説:20歳代の自殺は「就職失敗」「その他進路に関する悩み」など就職の問題に関連しており、しかも自殺者数は増加傾向にある。

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私もこのデータの読み解き方にはなんら異論はない。

 

【結言】
 繰り返すが「若者につらい時代」であることは、氏と同様の認識でありなんら異論はない。がそれを言うのであればデータ3だけで十分である。
氏はうそはまったく言っていない。データ1は確かに「若者世代は、死因の1位が”自殺”である」と言える。が記事の文脈でさらりと読み流す人に対しては「若者の自殺は、他の世代に比べて多い」と誤解させるに十分である。データ2も、確かに「若者世代は、他国の何倍も自殺が多い」と言える。が「中高年も若者同様、他国の何倍も自殺が多い」ことを示さないことで、同様のミスリードを仕掛けている。
このような正確さを欠くデータの示し方(これも「データで示します」とは言わず「データを見てみましょう」としか言っていない。うまく逃げてます。)で読者の印象を(自分の主張に都合のいいように)操作するのは、非常にアンフェアであると考える。

【余談】
余談だが、私は氏のファンである。電子書籍2冊(「日本が世界一「貧しい」国である件について」、「日本に殺されずに幸せに生きる方法」)と物理書籍1冊(「添削!日本人英語」)を購入したぐらいファンである。だが好き嫌いという感情と、物事のいい悪いは分けて考えるべきだという視点から、今回の当該記事のデータの読み解き方はどうしても我慢ならない。数多の読者に私と同程度の疑い深さを求めるのは筋違いであり、そこは筆者側の誠実さが問われると思う。(本当に読み解きミスなら仕方ないが、氏の能力からしてそれは有り得ないと思う)

 

以上