会社全体で残業を撲滅するには、この打ち手がよいのか?

 ちょっと前にFBで記事が回ってきたので、それからずっと考えている。

business.nikkeibp.co.jp

 簡単に言うと、この会社では「30時間分の残業代」を月の給与に含ませて支払っている。これにより「残業時間が少ないほど得」というインセンティブが働き、実際に残業時間を減らすことに成功しているとのこと。

この会社の「残業を減らそう!」という取り組み自体は素晴らしいことだし、実際に成果をあげているようなので「この会社にとっては」良い方策だったのだろう。

ただ私がずっとモヤモヤしているのは、「自分の会社でこれをやったら、どうなるか」ということだ。
結論から言ってしまうと、以下のいずれかに当てはまらない限り残業は減らせない。
①余力があるのに残業しているので、仕事の密度を高めれば減らせる。
②業務マネジメントの精度を上げて、残業しなくても完遂できる仕事量にする。
実際には職場に①と②の打ち手が必要な状態が混在しているのだが、②をやるのって結構大変。

 そこで少しまじめに考えてみた。

残業の理由も様々
①の余力の問題は、個人の仕事の取り組み方の問題である(「無駄な会議が多い」といった組織の問題もあるが、その比重は少ないと考える)。
②については、与えられる業務負荷だけでなく個々人が目標とする達成度にも依る(人によってばらつきがある)。
結局、この2つがおのおのどの程度なのかが、人によって異なる。
この2つの要素を考慮してマトリクスにしてみたのが下図。

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①に相当する項目として稼働率(平均で何%の力を発揮して仕事をしているか)を、仮に50% / 75% / 100% の3水準設けた。稼働率100%というのは、その当人がこれ以上改善しようがない全力の効率で働いていることを示す。
②に相当する項目として「残業する理由」を1~4のように定義した。
1は見ての通り。4はとにかく与えられた業務の納期を守る最低限の行為。2と3は少し分かりにくい。2は例えば、レポートをワードで書いているときやプレゼンをパワポで書いているときに、字詰めの統一を手動でおこなったり、フォントの装飾にひたすら時間をかける、といった「かけた時間に対して効果がほとんど無い」行為で残業している場合を指す。一方3は、例えば機械設計で「一旦こういう形で設計したが、少し形を変えれば製造効率が(設計変更にかけた時間以上の効果で)上がる」といったことに設計者自身が気づき、自発的におこなう変更のようなもの。これは創造性の発揮であって、「与えられた仕事をこなす」4とも、また「利益に寄与しない」2とも異なるので独立した項として設けた。

 

12人の社員への効能
 このように(稼働率の3水準)と(残業理由の4水準)とで12通りでそれぞれ1人ずつ、12人の異なる状況の社員が居るとする。彼らは今、月間40時間残業しているとする。来月から「30時間分の残業代を無条件で支給する」となったら、彼らはどうするだろうか? 

上図での色分けは、以下のような考えうるストーリーごとに色分けしたものである。

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色によっては、社員が取るであろう選択肢が2種類想定できる。
さてここで、(A), (B), (C)という記号が出てきた。このA, B, Cによって「30時間分残業代付与」施策が会社や社員に与える影響が以下のように異なるのだ。
(A) 会社は30h分の残業代原資以外に損は無い。
 ユーザにも不利益なし。社員もハッピー
(B) 結果的にユーザ・会社の利益減少
(C) 不公平感により優秀な社員のメンタルヘルス低下
見て分かるとおり、BとCはまずい。手を打たねばならない。
 さらに複雑になるが、このBとCに対しての打ち手も、状況により異なる。それが以下のX, Y, Zである。
(X) 業務オーバーフロー状態。早急に負荷を減らす必要あり。
(Y) 「+αの成果」を事前・事後にきちんと評価する仕組みが必要。
  でないと成果による利益が損なわれるか、社員がやる気を失う。
(Z) 「+αの"成果"」は何の利益ももたらさないので、不要な努力をさせない働きかけが必要。
  それをしないと、不要な(C)状態に陥る場合がある。

効能は3タイプ
 とても複雑になってしまったので、改めて分けて図解する。ここでこの「30時間分の残業代を一律付与」という施策の効能が、社員の状況ごとに明らかになる。


[社員群 その1]

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会社は30h分の残業代原資以外に損は無い。ユーザにも不利益なし。社員もハッピー。

[社員群 その2]

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社員に不満は出ないが、社員自身の選択によりユーザや会社の利益が失われる場合あり。

[社員群 その3]

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ユーザや会社の利益が失われるか、または社員の不公平感が増す。


果たして施策は吉と出るのか?

 上記の社員群1、2、3を今一度その「現在の稼働率」と「残業理由」で見分けて欲しい。会社の利益に貢献すべく残業している社員は2および3であって、1ではない。が彼らこそこの制度によって不利益を被ってしまう。
結局、社員群1の割合が現状高いか、もしくは2および3の状態を解消する施策をセットで用意できる会社でないと、社員も会社もハッピーになれない。12タイプの分布によって、施策による得失の大小は大きく異なる。

まとめ

 冒頭に記した①に該当する、または②③を同時に実行できる会社でないと、本施策は有効ではない。
①余力があるのに残業しているので、仕事の密度を高めれば減らせる社員が多い

②業務マネジメントの精度を上げて、残業しなくても完遂できる仕事量にする。

③会社への貢献度を考慮した、評価制度にする。

 

あなたの会社はどの社員群が多いですか?
②③を実行できますか?

データを正しく読む力を身につけよう ~騙されないように~

「正社員と非正規の身分格差は日本政府による「大量虐殺」だ」という記事

cakes.mu

について。

この記事で筆者が言いたいのは

仕事がないこと、将来性がないこと、20代で「二級市民」という烙印を押されてしまうこと、挽回する「チャンス」さえ与えられないというのは、若い人に死を選ばせてしまうほど残酷なことである

ということであり、これ自体は私も異論はない。
しかし私は、氏のデータの読み解き方にどうしても同意できない
それについてこれから述べる。

【要旨】

若者は犠牲者... この論を立てるにあたり、筆者は3つのデータ(で根拠)を示す。
しかし少なくとも2つは、「若者(だけ)が他(中高年や、諸外国)より多く自殺している」ことを示しておらず、「若者はつらい、若者カワイソウ」の論拠とすべきデータになっていない。にもかかわらず、あたかも若者だけが犠牲になっているかのような記述をしているのが問題だ、と私は考える。
さらに始末の悪いのは、おそらく筆者は見落としでなく読者をミスリードすべく意図的に「そのようにデータを読み解いて見せ」ていることである。これは私の推測でしかないが、氏は職業・経歴柄、それこそこの手のデータ分析はお手の物の筈であり、私が以下に示す指摘を見落とすはずがないからである。ここを、私は「フェアでない」と感じるわけである。

【3つのデータに関する氏の解説と、私の反論】

データ1:年齢階級別の死因 

http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2014/pdf/honbun/pdf/1-1-1.pdf

氏の解説:「若い人は、自殺が死因の第一位を占める」

 

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 私の反論:
  「自殺が何位か」だけでいえば、確かに「若者は自殺が死因の1位」である。
  しかしこれは「若者の自殺が他の世代に比べて多い」ことの証明にはならない。
  下図は上の表から死亡率(人口10万人あたりの死亡者数)を抽出してグラフ化したものである。
  これを見ればわかるとおり、自殺(青いバー)の占める割合に関していえば「若者世代の自殺が突出して多い」などということはなく、「20歳から54歳までは大体同じような割合で自殺しており、歳をとっていくにしたがい自殺を大きく上回るだけの数で 病死が増えていく」だけのことである。
  なお、55歳以降の2世代については自殺が死因の4位以下になってしまったので、表中に数字が示されていない。自殺率は若い世代と同程度かもしれないし、多いかもしれない、また少ないかもしれない。表やグラフを見て、間違っても「自殺率が低い」と決め付けてはいけない。これを「わからない」と理解しておくことも重要

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データ2:15~34歳の世代における、各国の死因

http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2014/pdf/honbun/pdf/1-1-1.pdf

)

 

氏の解説:日本の若い人の自殺率は、アメリカの約2倍、イタリアの約4倍、イギリスの約3倍です。

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私の反論:
 この引用元の白書では、35歳以上の世代での外国との比較データが示されていない。調査年が異なるが、別のところ(

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/suicide04/index.html)からデータを引っ張って並べてみると、以下のようになる。

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ちょっとわかりにくいので、氏と同じ「よその何倍?」でまとめなおしてみると、以下のようになる。

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はい。年代に関わらず、アメリカの2.5倍、イタリアの4倍、イギリスの3倍です。イタリアにいたっては中高年のほうが「なんとイタリアの5倍!」と言ってもいいわけだ。
つまり「日本の若い人の自殺率はよそのXX倍!」のあとの「中高年も同じだけよそのXX倍!」を省くことで、印象の操作(「若者カワイソ」)をおこなっているのが問題。

 

データ3:20代自殺に占める「就職・進路」に関する原因による死者数

http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2013/html/gaiyou/feature03.html

氏の解説:20歳代の自殺は「就職失敗」「その他進路に関する悩み」など就職の問題に関連しており、しかも自殺者数は増加傾向にある。

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私もこのデータの読み解き方にはなんら異論はない。

 

【結言】
 繰り返すが「若者につらい時代」であることは、氏と同様の認識でありなんら異論はない。がそれを言うのであればデータ3だけで十分である。
氏はうそはまったく言っていない。データ1は確かに「若者世代は、死因の1位が”自殺”である」と言える。が記事の文脈でさらりと読み流す人に対しては「若者の自殺は、他の世代に比べて多い」と誤解させるに十分である。データ2も、確かに「若者世代は、他国の何倍も自殺が多い」と言える。が「中高年も若者同様、他国の何倍も自殺が多い」ことを示さないことで、同様のミスリードを仕掛けている。
このような正確さを欠くデータの示し方(これも「データで示します」とは言わず「データを見てみましょう」としか言っていない。うまく逃げてます。)で読者の印象を(自分の主張に都合のいいように)操作するのは、非常にアンフェアであると考える。

【余談】
余談だが、私は氏のファンである。電子書籍2冊(「日本が世界一「貧しい」国である件について」、「日本に殺されずに幸せに生きる方法」)と物理書籍1冊(「添削!日本人英語」)を購入したぐらいファンである。だが好き嫌いという感情と、物事のいい悪いは分けて考えるべきだという視点から、今回の当該記事のデータの読み解き方はどうしても我慢ならない。数多の読者に私と同程度の疑い深さを求めるのは筋違いであり、そこは筆者側の誠実さが問われると思う。(本当に読み解きミスなら仕方ないが、氏の能力からしてそれは有り得ないと思う)

 

以上

 

 

今年の目標 〜遅ればせながら、猛烈な劣等感をトリガーに〜

 ここ1〜2年で、自分の所属するチームの編成が大きく変わった。
メンバーの50%(と言っても2人なんだが)が入れ替わり、今現在は一つ年上、同い年、そして10歳以上年下の同僚と働いている。これがまたすごく優秀な同僚ばかりで、日々劣等感に苛まれながら働いている。それでも血液型がO型だからか、心も体も病気にならない。劣等感でグズグズしていてもなんの為にもならないので、これを基に今年の目標を設定する。
これ、下手なライフハック本よりよほど参考になるつまり身近な「デキる人」の特徴を見習うことを、今年の目標とする。

ちなみに、他人の気持ちがわからない私にとって「人の心をおもんばかる」は、人生のテーマであるため、「今年の目標」には載せない。

 

1.決めて、やりきる

 大きな決意もそうだが、彼らは小さな決意と実行を積み重ねている。
 コンサルで働いている人なんかが好例だとおもうが、彼らは日々、超忙しい。
 その日の会議の議事録作成を翌日以降に回すとか、
 そんなことしてたら次の日の仕事が回らないし雪だるま式に残務が積みあがっていく。
 議事録だけでない、「その日にやるべきことを決め、必ずやりきる」。

 
  
2.行動に移す

「●●は必要だけど、どうせ言っても聞いてもらえない」とか
 ボヤいている暇があったら、とっとと交渉したりプレゼン作ったりする。

 ボヤいて行動に移さないのは、何も考えていないのと同じ

 
3.すぐやる 
  2に関連するが、思い立ったらすぐやる。
 「Action Itemとして設定しておく」だけにしない。
 だってくそ忙しいのに、
 「今やれることを今やらなかったら、たぶんやらない(忘れる)」。
 
4.ボールは他人に回す
 自分のところにボールを置いておかない。すかさず相手に渡す
 自分ネックで仕事を止めない。
 
  
5.分け隔てない
   どんな人にも分け隔てなく接し、プラスの影響を与える。
 僕なんか、受動的にしか仕事をしないような人への態度は実に冷たい(と自覚がある)。
 が、デキる人は、そういう人の力になってあげているうちに「巻き込んで」、
 能動的に行動するように仕向けたりできる。
 
6.朝が早い
 朝を、自分のための時間に使っている。勉強だったり、個人の担当業務だったり。
 で、コアタイムには、全体の仕事を効率的に回すために、他人の力になるために労力を割く。
 
 
 実はもう、6は「5時起き〜7時には会社に到着〜就業前にやっときたい業務+Skype英会話」と、習慣化できている。僕にとっては、5が一番ハードル高い。頑張らないとなぁ。

「魔法少女まどかマギカ」を観て、家畜について考える。

要旨: 食肉にあたっては、人間の業と命のありがたみを感じていたい。

 まどかマギカを観た。
詳細は省くが、最も印象に残ったのは、キュウベエが言った
「君たちだって家畜を飼育して食べるじゃないか」
といったような主旨のセリフだ。

 我々は、生きるために動物性タンパク質を摂取する必要がある。
これだけ人間が繁殖してしまったからには、野生動物を狩猟して賄うのは無理だ。
だからこその家畜や養殖である。

 鶏、豚、牛には心がないだろうか? いや、ある(だろう)。
生まれた瞬間から「殺される」ことが運命づけられていることが、許されるのか?
自分たちが「より高度な知能・文明を持った地球外生命体」に飼育される、
そのような状況は 許容できるだろうか? 我々には人権がある?
彼らが地球人とは全く異なるコミュニケーション手段を発達させていて、
我々人類の言語を理解してくれなかった場合、
彼らから見た我々は、僕らから見た豚や牛と同じなのではないか?

 「イルカや鯨は知能が高いから、殺して食べてはいけない」?
心の有無、知能の高低のしきい値は、どこにあるのか?

 自分たちが生きるためとはいえ家畜・養殖は、
(極論すれば「罪」とまで言えるかもしれない)”業”を背負う行為だと言える。
我々は業を背負いながら、ありきたりな言い方だが「命に感謝して、命をいただく」
という気持ちを忘れてはいけない。

 そう考えると、食べ物を残すことは悪だし、 残虐な殺し方をするのはやはり悪だ。
大好きなフォアグラは、もう二度と食べないと誓った。

(「鋼の錬金術師」の作者が、
週刊少年サンデーで農業高校を舞台とした漫画「銀の匙」を連載しています。
そのなかで主人公は、食肉にする豚に名前をつけて飼育します。
私はこのくだりがとても好きです。 とても良い描き方をされていると思います。)

 

ある種の目標は、人に言っておこう

※本内容は、会社員経験のない学生の方や、まだ会社員生活の浅い若手の人に、
 是非読んでもらいたいです。
「世の中、会社の中でこういう風に渡り歩くことがあるんだ」と、
 一例として参考にしてもらえれば幸いです。 
 

要旨:
 環境を変えるためには、目標を人に伝えたほうが有効な場合がある。

 

本文: 
 私が英語スキル習得にあたって励みにしている@self_agendaさんの最近のエントリーに、
「レアジョブのレッスンをビジネス英語につなげる7つの方法」というものがある。
このエントリーの第7項目めは、英語スキル云々に関わらず「自分の夢を叶えたい」人にとって
非常に参考になる考え方が示されている。是非一読をお奨めします。
http://ameblo.jp/self-agenda/entry-11161975613.html

 私はこの考え方に大きく共感しているのは、自分自身の経験から身を持って感じているからだ。
会社の中での今の立場(職務)に至ったのは、やはり自分自身で周りに働きかけたことが大きい。
もちろん「周りに良き理解者が居て、私の働きかけに呼応してくれたが故の今」であり、 
彼らへの感謝の気持ちは忘れていない。が、にしても、まず自分の働きかけがあっての「変化」なのだ。

 とても曖昧な記述になってしまったので、ここで私自身のキャリアを振り返る。

【私のこれまでのキャリアパス(いわゆるモノづくりメーカーの人間です)】
メカ屋として入社するも、どうも「CADを使って設計」というのが肌に合わなかった。
→上司に相談し、インクジェットのメディア開発担当に転換。
→新業務でのリーダーとなった先輩が海外志向の人で、自分も海外出張とかしたくなる。
→自身の志向をリーダーに伝えていたことで、ある時、米国出張のチャンスをもらう。
→初出張が単独行で電波少年状態だったが、めげずに出張を楽しむ。
→その後も所属PJTの PMに立ち話などで「クレーム対応でも何でも、行きまっせ」とか、
 所属部署の上長に面談時に「どんどん外に行きたい、英語の勉強してます」とかアピールを重ねる。
→そうしているうちに、だんだんと「ならアイツに行かせるか」と指名が入るようになる。
→開発部門(技術屋)としてだけでなく、企画的な業務にも興味をもつ。その志向をやはりアピール。
→ 海外での展示会調査、テクニカルトレーニングなどのチャンスを得、
  同時に人事的にもテクニカルサポート部門や販売推進部門での兼務を仰せつかり、
  海外とのやりとりが増える。開発業務も、海外とのやりとりが必要な内容を「選んで」担当する。

【解説】
・上記のとおり「自分の希望を周りに伝える」ことが 、実現への第一歩である。
・ただし「口だけ」はダメ。実行を伴わねば、周りは動かない。
 私の場合は、以下のようなことを心がけました。
 - 「あいつに任せるか」と思ってもらえるよう日頃のアウトプットをキッチリおこなう。
 -  希望を叶えるためには何でもする(仕事の選り好みはしない)。
 - 海外出張では、日頃の3倍のアウトプットを出す。発生したコスト(出張費)以上の仕事をする。
 ※とはいっても、私はスーパーマンでなく超普通の社員です。上記はあくまでも心がけ。
  (3項目目はマジです。海外出張は(出張が当たり前の会社でない場合)、
   実際の大変さに関係なく、人に羨まれるイベントです。
   誰にも文句 を言わせない仕事ぶりをしないと、「次」が無いです。)

【蛇足】
 私が毎日おこなっているSkype英会話の「ラングリッチ」、
 ここの教材に使われているTEDのプレゼンに、Derek Siversさんの
 「目標は人に言わずにおこう」というのがあります。
 言わないほうがいい場合については、これを参考にしましょう。
 http://blog.langrich.com/2011/11/19/ted004/ 

日本企業のソーシャル活用が進まない理由の考察

要旨:
 無意味な「公平感」を保証するために、
 「何もしない」という最悪の選択をしている。 

 

ふと、ピンときた。

日本人は「均質なサービス」が大好きだ。

同じ料金を払ったのだから、同じサービスをしてもらわないと、困る。

となると、誰かが+αのサービスを受けると「あの人には◯◯したのに」と自分にも要求する。

本当は人と人の関係だから、良く来てくれるお客さんにサービスしたり、
もしくは「たまたま」あるお客さんにサービスが手厚くなってしまったりもするはず。
が、それは許せない。

そんな日本全体のサービスに対する雰囲気が、
企業のソーシャル活用の場をも支配しているのではないか?

たとえばあるユーザがTwitterで製品に対する改善要望を(@を飛ばさず)つぶやいたとする。
企業の言い分はこうだろう。
「特定の顧客に対して、改善をコミットしたりはできない。
また、ある人のつぶやきには回答して、
たまたま見つけられなかったある人のつぶやきには回答しないというのは、不公平である。
だから(公平のために)何もしない。」

これは果たしていいことなのだろうか? 企業とユーザとが、lose-loseなのではないか?
せっかくの「繋がる」チャンスを、公平感というもののためにみすみす捨ててはいないか?

「サービスを受ける側」の寛容を意識するところから始めようと思う。

HOPE100セミナー参加しました 〜英語と、震災と〜

今日はHOPE100主催のセミナー、

2012年に英語を学ぼうと決めた人たちへ~時間のない社会人に知って欲しい今どきの英語学習法

に参加した。講師は英語学習の伝道師、@HAL_Jさんだ。

 

震災・英語、一見関連のない2つのテーマを通じて感じたことが3つある。

1.震災に対して出来ることって、まだまだあるよね

2.フォロワーシップってあるよね

3.ツールとしての英語を活かそう

これらについて、順に書き留めてみたい。

 

1.震災に対して出来ることって、まだまだあるよね

 今回のセミナー、HOPE100という

「セミナーを通じて東日本大震災チャリティーをおこなう、ボランディアプロジェクト」

が主催の、「英語学習」をテーマとしたセミナーだ。

一見直接的には無関係な2つのキーワードが、このセミナーでは納得の融合を果たしていた。

 鬼講師の@HAL_Jさんはなんと、講義の中でグループディスカッションの時間を用意していた。

ここでは受講者たちが5~6人ずつグループを作り、

東日本大震災に関係したテーマ」について「英語【で】」話し合う… この企画が俊逸!

 受講者は

(1)英語学習について興味があって来た者

(2)ボランティア関係で興味やつながりがあって来た者

のいずれかなのだが、その両者に「もうひとつの気づき」を与えるものとなった。

僕の場合は(1)に該当するのだが、「震災についてまだまだ、自分がやれる(やるべき)事ってある」

という気持ちが湧いてきた。

 

僕達にできること、大から小まで、まだまだたくさんありますよ!

 

 

2.フォロワーシップってあるよね

 リーダーシップって、大事。

セミナーの主催者側の方々は、優れたリーダーシップの持ち主であり、それをいかんなく発揮している。

英語の習得の必要性を説き、習得までの道標を示す人。

震災復興に多大なる協力・啓蒙をおこなっている人。彼らは皆パワフルだ。

ただ優れたリーダーを前に「僕にはそこまでの事はできない」と凹んでしまうのはもったいない。

彼らの活動に共感や賛意を覚えたら、

フォロワーとして「自分の出来る範囲の協力」をしてみたらいいと思う。間接的な協力だっていい。

僕の場合はプリンター業界に籍を置いているので、

ボランティア関係のイベントで使う印刷物の出力を手伝える。

もっといえば、例えばtwitterで賛意を示す・告知をリツイートする、

それだけでもリーダー達をうしろから支える力になる。

一番良くないのは沈黙していること。

「自分の言いたいことは、他人が既に言っている。だからいいや」は、そこに居ない人・はしごを外す人と同じである。

今、ソーシャルネット・ソーシャルメディアで世の皆と平等に繋がることが出来る時代だからこそ、

「声を上げる」というとても簡単な方法で、世の中に対して「働きかけ」が出来る。

英語学習同様にボランティアも、ほんのちょっとの勇気・背伸び・手間の積み重ねが、

自分や周りに大きな力となっていく。

 

自分がリーダーではない場合、自分の出来る範囲でフォロワーシップを発揮してみませんか?

 

 

3.ツールとしての英語を活かそう

 日本人全員が英語を修得する必要は、ない。でも、英語が出来れば「出来ることが広がる」。

そう考えて英語を勉強している人には「今できること」がある。それは「英語での情報発信」。

このことを今回のセミナーで教えてもらった。

エジプトの民主化は、Facebookによって世界の人々に現場の状況が伝わった。

もし我々がエジプト政府の発表だけを受け取っていたら、どうなっていたか。

同じことは日本についても言える。

我々一般の人間がもっと世界に向けて情報発信出来る、しないといけない。

まさに「英語を学ぶ」ではなく「英語【で】何をするか」です。

こういう目的意識を持ったら、英語学習のモチベーションも上がると思います。

今後「世界に向けての情報発信」についての企画が動き出すそうです

(今後ハッシュタグ#311fromjapan」に注目! 詳細は後日正式発表とのこと)。

 

是非、英語学習を兼ねて 自分の出来ることを少しずつやってみませんか?

 

 

4.謝辞

 本セミナーの開催側関係者全ての方に、感謝します。

 セミナー受講料2000円は全額、東日本大震災のボランティア活動に寄付される。

 つまり講師・スタッフ・会場提供、全てがボランティアなのだ。

 このような機会、そして僕という人間に影響を与えてくれて、ありがとうございました。

 今後も今回のセミナー・懇親会で知り合えた皆さんと、何らかの形で繋がり続け、

 少しでも日本という国をより明るくしていきたいと思います。

 

5.参考URL

 講師 @HAL_Jさんの英語学習法Blog「20歳を過ぎてから英語を学ぼうと決めた人たちへ」

  http://wisdomofcrowdsjp.wordpress.com/sitemap/english/

  (同名の書籍が、ディスカバー21より発売中。http://amzn.to/xwo3OZ)

 東日本大震災チャリティーセミナープロジェクト「HOPE100」

  http://www.hope100.jp/

 助け合いジャパン

  http://tasukeaijapan.jp/